チャリとフェリーで鹿児島行ってくる 12日目
昨日は久しぶりに、まともな寝床だったのでガン寝した。
今日は珍しく風が無く、進むのが非常に楽だ。
国道は初めて走る2号線だ。
湘南色の115系を撮ることができた。
尾道市を抜けてから海沿いの道を選び呉に向かう。
うっすらと、しまなみ海道の橋が見える。愛媛と広島の県境。
途中の竹原市という場所で「町並み保存区域」と看板に出ていたので寄り道をしてみる。
京都と違い人がいないので気に入った。
道中で四輪のリカンベント?を見かけたので写真を撮らせてもらった。
背が低いので、車のドライバーからは見にくいと思う。
後ろから見ているほうが怖かった。
呉に到着し、さっそく大和ミュージアムに向かう。
大和の模型は見ごたえがある。
この海軍旗は戦艦長門のもの。
戦時中は大和型戦艦の存在は極秘とされていた為、長門が帝国海軍最強の戦艦とされていた。
開戦から終戦まで稼動した数少ない戦艦。
最後は、米軍に摂取されビキニ諸島の水爆実験で人知れず沈没した悲しい歴史を持つ。
俳優の石坂浩二さんが寄贈したそうだ。
三菱零式艦上戦闘機六十二型。
再終型の零戦。琵琶湖に不時着した機体を引き上げ復元。
中島飛行機のOEM生産品のようだ。
ピストンは燃料の品質が悪かったのか、デトネーションが出ている。腐食しているだけかもしれないけど。
せっかくなのでラムネを飲んだ。
大和型戦艦には、ラムネを生産する設備があり、空調も装備されていたため大和ホテルと揶揄されたそうだ。
模型や復元された展示品も多いが、英霊となられた方達の遺書や遺品の展示も沢山ある。
戦艦や戦闘機は、機械としては好きだが、戦争や紛争は無いほうがいい。
できれば実戦に使われないまま廃棄されるのが一番だ。
特攻も間違った作戦だと思うが、それ自体は無駄だったと思いたくは無い。
若くして散っていった英霊たちは、それが新しい国の礎になると信じていたはずだろうから。
実際、アメリカなどに対する日本の認識に影響を与えていると思う。
九条馬鹿は、戦地にいった方々を非難するが、批判すべきは当時の暴走した軍幹部と政府であって、一兵士達では無いはずだ。
また、日本を開戦せざるを得ないまで追い詰めた、経済封鎖とハルノートも罪になるだろう。
平和が一番だと思う、いろいろと考えさせられた一日だった。
湿っぽくなったが、見学の後は呉からフェリーに乗り、再び四国の松山へ上陸する。
港で船を乗り換え、一気に九州の小倉へ行く。
スーパーの隣に海自の潜水艦が展示されていた。
ちょっとやりすぎ。
海自の基地と造船ドック。
オレンジ色の貨物船がある辺りが、大和の造られたドック。
瀬戸内海の日の入り。
12日目完走
二日かけて瀬戸内海の一部を見て回ったが、景観がとても素晴らしい。
一度は来るべき場所だと思うので、時間のある人は是非!
《12日目データ》
- 総走行距離 933.3km
- 走行距離 88.27km
- 行動時間 10時間
- 走行時間 4:21’18
- 宿泊地 松山-小倉フェリー 船室
《翌日予定》
- フェリーで九州入りして博多?
2010/05/17 at 1:22 AM
お疲れ様です
疲れが抜けずらい時期に差し掛かる頃?かと思いますが、この先も頑張ってね!今日の戦争の話!共感もてます!今じや考えらんない話だよね(^_^;)この先も気をつけて、色々吸収して来て下さい!土産話まってますですねんぜぃ(^O^)
2010/05/17 at 9:44 AM
かぼちゃ電車こんなところにも居るんですか><*
宇都宮線沿いで生まれ育ったので思い入れが♪
町並みもたまらんすな。
2010/05/17 at 10:01 PM
>>だんちゃん
中島の発動機は美しかったよー
土産話はたっぷりあるから。
>>minaga-
湘南電車って言えよ。
あれのボックス席に座ってタバコを吸いたかった。